【考察】『恋愛病院』第1話を最速レビュー。ヒデオは“先回りしすぎる男”。それぞれ恋の病に向き合う【ネタバレあり】
さて、今回考察するのは『恋愛病院』第1話。
AbemaTVで配信されている恋愛リアリティショーだ。
恋愛リアリティショーと聞くと、多くの人は 「誰と誰にロマンスが芽生えるのか」「最終的にどのカップルが成立するのか」そんな“結果”をワクワクしながら見守るコンテンツだと思いがちだ。
だが、この番組は少し趣が違う。
というのも、ここは単なる“恋愛の場”ではない。
参加者たちは、恋をしに来たようでいて、実際には自分の恋愛の不具合を治療しに来ているのだ。
人との関係が続かない。
恋に踏み込めない。
なぜか選ばれない。
そうした“原因不明の不具合”を抱えたまま、大人になってしまった人々だけが集められている。
「患者」と呼ばれ、「おくすり」という名の介入が行われ、恋愛における「ズレ」や「バグ」が、容赦なく可視化されていく場所。それが『恋愛病院』なのだ。

(C)AbemaTV,Inc.
言い換えればこれは、「誰とくっつくか」を見る番組ではなく、「なぜこの人はうまくいかないのか」を突きつける番組でもある。
この連載では、結婚相談所ナレソメ予備校の塾長・勝倉が、回を追うごとにあらわになる、患者たちの赤裸々な姿と「恋模様」を追っていく。
そしてその記念すべき第1話は、そのグロテスクな構造が、早くも露骨に現れていた。

今回、解説と記事執筆を担当したナレソメ予備校塾長・勝倉
『恋愛病院』の何が面白いのか
まずこの番組の面白さは、参加者たちが最初から明確なゴールを共有していないことだ。
一般的な恋リアには、少なくとも 「恋をする」「誰かを選ぶ」「付き合う/結婚する」 というわかりやすい目的がある。
ところが『恋愛病院』は、そこが極めて曖昧だ。
作中でも、「恋をするつもりはない」「治療のために来ている」「自分は重症」という、およそ恋リアには似つかわしくない不穏なワードが続出している。
中には、「恋の定義をしろ」と迫る面倒な患者も。
まさにここが、この番組の独自性であり見どころだ。

(C)AbemaTV,Inc.
大人になると、仕事でも人生でも、大抵の行動には目的があるもの。 会社のビジョン、キャリアの目標、結婚の意思……何かしら、「どこへ向かうか」が決まっている。
しかし『恋愛病院』では、いい大人たちが、どこに向かうべきかもわからないまま、「おくすり」の処方によって感情を先に動かされ、強制的に「治療」が施されていく。
そんな構造に翻弄される患者たちの「迷子感」が見ていて面白いし、同時に「何が起きるかわからない感」で視聴者を疲弊させる。でも、それが癖になるのだから驚きだ。
「どこに向かうかわからないまま走り始めた時間を、いい大人10人がともに過ごしているのが面白い」という指摘は本質だろう。
この番組は恋愛を描いているというより、目的を失った大人たちが、ただただ感情を揺り動かされ、なにがしかを成長させようとあがく姿を描いているのだから。

(C)AbemaTV,Inc.
第1話で見えた、患者たちの“コミュニケーションの癖”
第1話ですでに印象的だったのは、誰がモテそうかという話以上に、どんな聞き方・話し方をしているかでかなり差が出ていたことだ。
恋愛では、表面的な会話の内容よりも、
- 相手に答える余白を渡せるか
- 相手の本音が出る前に塞いでいないか
- 場を閉じるか、開くか
このあたりが想像以上に効いてくる。 そして今回、その差がかなりくっきり出ていた。
ヒデオ×ハルカ いい感じに見えて、実は危うい
第1話の時点で最も「いい感じ」に見えたのは、ヒデオとハルカだろう。
ファーストデートは、プールサイドでの2ショット。
「強風を防ぐ」という建前で、おそろいのタオルを自然と頭に巻くなど、親近感を持ちやすいコミュニケーションもバッチリ取れている。「水牛デート」で写真を撮ったり、ボディタッチも違和感なくこなしたりして一気に距離感を近づけていた。
王道の恋愛リアリティに引けを取らず、ぱっと見の空気感はとても良いし、いかにも序盤の本命候補のように映る。

(C)AbemaTV,Inc.
ただ、会話をよく見ると、少し気になる点がある。
それが、ヒデオの“相手の反応を先に決める話し方”だ。
ヒデオは相手の話もちゃんと聞くし、質問もできる紳士的な振る舞いができている。
だが、よくよく会話を聞いていると「こうだと思うけど」「こういう風に受け取ると思うけど」と、相手の反応を先回りして規定するような話し方が多い。
これは一見、優しい気遣いのようにも見える。 だが実際には、相手からするとかなり答えづらいトークだ。
なぜなら、その聞き方をされると相手に残された返答はほぼ 「そのとおり」 「いや、違う」 の2択になるからだ。
つまり、相手が“本当はどう感じたのか?”を自由に語る余地を、あらかじめ消している。 これが続くと、表面的には会話が成立しているのに、なぜか関係が深まらないという状態になる。相手からすると、自分の言葉で己の内心を話せず、自己開示をしづらい構造に陥っているのだ。
恋愛でよくある「いい人なんだけど、なんかかみ合わない」の正体は、こういうところにある。 ヒデオは不誠実なのではなく、むしろ傷つくことや否定されることを避けたいタイプなのだろう。だからこそ先に、自分が受け止められる範囲内のアンサーになるよう言葉を制限して、相手の返答範囲を狭めてしまう。
それは優しさというより、関係の防波堤を自ら作っていることと同義でもある。
一見いい感じの2人の関係が、今後深まるかどうかは、ヒデオが「相手の中から何が出てくるかわからない状態に耐えられるか」にかかっているのだろう。
シンジとイズミ 場を開ける人は、やはり強い
終始、フリートークで場の空気を握っていたのがシンジとイズミだった。 この2人に共通していたのは、「How」で聞けることだ。

(C)AbemaTV,Inc.
「みんなはどう?」
「どう思う?」
そうやって相手に広く投げる人は、単に会話上手というだけではない。
相手に「自分の言葉で話していい」と思わせる力がある。 先述のヒデオのようなクローズドな聞き方と対比して、シンジやイズミはオープンに場を回している。これは、実は恋愛でもかなり重要な観点だ。
最初の段階では、誰だって自己開示が怖い。
ヒデオのように「Yes/No」で済む質問は、会話は安全だけれど浅くなる。
逆に、シンジとイズミのように「どう?」と聞かれると、相手は答えるのに少し困るかもしれない。大変だが、そのぶん人柄が出るし、お互いの自己開示も捗りやすい。

(C)AbemaTV,Inc.
この2人は、単に場の中で発言して目立っていたのではなく、人の内面を出させる側に回れていた。恋愛市場でも、能動的に場を回せる人・相手を開ける人は、やはり強い。
特にシンジは、急にビールをオーダーしたり、皿をこぼしたりという注目行動も多く、「自分が中心になる時間を作るのがうまい」「主役っぽい」と見られるかもしれない。
だがあれは、ただ目立ちたがりという話ではない。
芯があり、誰と関わってもブレないからこそ、自然と中心に見えるのだと思う。
今後は、シンジの「主人公性」が誰にとって魅力になり、誰にとっては圧になるのか?主人公としてヒロインを選べるのか?あたりが見どころだろう。
ナツコ 恋愛向きのピュアな女
彼女については女性のなかで最年長ということもあり、もしかしたらある種、厳しい見方もされているかもしれない。それでも、彼女ならではの長所ははっきりしている。
それが、感情が思いっきり顔に出ること。
患者たちが出そろうラウンジのシーンを見ただろうか。
シンジが最初に登場したとき、その他の患者たちは「有名人だ!」「意外!」と沸いていた。
その中でナツコだけ、わかりやすく「誰この人?」というリアクション。
わからないときにちゃんと「わからない顔」をしている。
戸惑ったら戸惑っているのが見える。
これこそが彼女の持つ魅力の1つ。
“わかりやすさ”は、恋愛では実はかなり大きいポイントになるからだ。

(C)AbemaTV,Inc.
なぜなら、一緒にいる相手からすると、「何を考えているかわからない人」より、「今こう感じてるんだな」が伝わる人の方が圧倒的に安心を覚えるからだ。もっと関わりたい、もっと影響を及ぼしたいと思わせる魅力として映るのだ。
しかし、患者であるナツコには、もちろん課題もある。
若い頃の価値や過去のモテの延長線の記憶が、彼女の恋の病の根源かもしれない。遠巻きに群衆を眺め、ろくに発言をしない「受け身女子ムーブ」は、かつてうなるほどモテてきたであろう女性にはありがちだ。
いまだ若い女性ならいざ知らず、「大人の女性」としてそれなりに主体性が期待される年齢のナツコには、いささかミスマッチな言動に映る可能性がある。
しかも、ナツコが恋愛無双をしていたかもしれない時代と比較して、現代の恋愛市場では女性のバリエーションが広がっていて、より複合的な魅力が評価されやすい。昔と比較して女性でも人生経験、会話の厚み、自分の軸、そういったものが比較されやすい時代においては、単に“昔モテた”だけでは勝ち切れないであろう。

(C)AbemaTV,Inc.
ただ、その中でも彼女には素直さがある。
これは恋愛においてかなり強い資質だ。
変に達観したり、見栄を張ったりせず、戸惑うときは戸惑い、わからないときはわからないでいられる。この“未完成さを隠しすぎない感じ”は、いくつになっても、ハマる相手にはかなりハマるはずだ。
アサの「んえ!?」は、婚活女性の本音そのものだった
今回わかりやすく面白かったのが、シンジにデート相手として指名されたときのアサの反応だ。
はとが豆鉄砲をくらったような、あの絶妙にシリアスな「んえ!?」には、かなり多くの婚活女性の本音が詰まっていたであろう。
43歳のシンジと25歳のアサの年齢差は、実に18歳。 つまり、年上男性が大幅に年下の女性にアプローチする、「オジアタック」だ。

(C)AbemaTV,Inc.
オジアタックほど若い女性の心を萎えさせるものもないが、ここで、恋愛や婚活における男女の選び方の違いを整理しておきたい。
女性はやはり選ぶ立場になりやすいので、「100個ある中で、この1つがいい」という、厳選に厳選を重ねた選び方をしやすい。
一方で男性は違う。
「100個ある中で、この1個以外なら他は全部いける」 というふうに、NGを除外していき、可能性を最大化する選び方をしやすい。
このズレが何を生むか。
女性側からすると、自分はかなり丁寧に相手を吟味している自覚がある。 だから、自分がまったく想定していなかった相手から来られると、「え、なんでこいつが来るの?」「私と釣り合ってると思ったってこと?」 という感覚になりやすい。
でも男性側では、必ずしもそこまで精密に“あなたを選んだ”わけではない。
単に「除外していない選択肢」「機会損失を避けた」に近い。シンジとて、残された選択肢の中で、彼にとってもっとも魅力的な選択肢を取っただけであり「自分ならアサに釣り合う」と思っているわけではないのだ。
この認知のズレが、恋愛市場のいたるところで悲喜劇を生んでいる。
アサのあの「んえ!?」は、単なるリアクションではなく、 女性側の繊細な自己評価と、男性側のざっくりした打率思考がぶつかった瞬間だったのだ。
あれを「オジアタックするなんて失礼!!」とだけ見ると本質を外すし、「男は若い子が好き。そういうもん」と雑に片づけても浅い。
ここには、「お互いが自由にアプローチし合える主体性がある」からこそ起こる、かなり現代的な恋愛の構造が出ていたと思う。
『恋愛病院』は、恋リアではなく、“恋愛のバグ診断番組”である
第1話を見て改めて思うのは、この番組が単なる恋愛観察バラエティではないということだ。
ここで露呈しているのは、10者10様の恋愛の病である。
普段、人間なら隠したい弱点に向き合っているから面白い。
そして、見ている方も少し、しんどい。 なぜなら、画面の向こうで右往左往する患者たちを見ながら、結局こちらも、自分の恋愛の病に向き合わされているからだ。
『恋愛病院』で治療されるのは、10人の患者たちであり、傍観者である私たちでもある。
次回以降も、1話であらわになった患者の病を観察しながら、私たちの恋の病にも向き合っていこう。

(C)AbemaTV,Inc.
ナレソメ予備校塾長・モテコンサル勝倉



